Why "H"
諦めきれなかった夢、大学卒業を経て美容師の世界へ
林 真秀 H[eitf] / Stylist
2018.01.28

大学卒業後に美容専門学校へと進学し、H.companyに入社。

絶妙な抜け感のスタイリングを得意とし、コテの巻き方や崩し方など再現性の高いスタイル作りに定評があるスタイリスト。

一度は諦めた夢だった。
 
「手先が器用だから、美容師さんとかいいんじゃない?」
休み時間のたび友達のヘアアレンジをして遊んでいた中学時代、教師に言われたこの言葉がきっかけで、美容師という職を意識するようになった。
しかし、高校卒業後は美容専門学校にと考え始めた彼女に、両親は反対。
安定しないイメージが強い美容師という仕事に難色を示した。
進学校であった高校の影響もあり、大学に進学することになる。

 

 

大学生活を楽しみつつ、将来役立つだろうからと4年間で介護福祉士の資格を取得。
それでも、美容師になりたいという夢が消えることはなかった。

 
「大学2年からバイトをはじめて貯金して、どうしても行きたいからこれだけ貯めた、だから許してほしいって両親を説得しました。全然足らなかったけど、口で言うだけじゃダメだと思って。」
大学と同じくらいかかる美容専門学校の学費。
貯金額は到底足りるものではなかったが、熱意を知って欲しかった。
「そんなに行きたいなら頑張ってみたら?」
諦めきれなかった彼女の気持ちを、両親は汲み取ってくれた。

 
入社後初めて訪れたH[eitf]というサロン。
 
専門入学と共に始まった東京での生活。
友達と泊まりがけで課題をして、学校に行く。
勉強も遊びも楽しんでいた専門生活が過ぎ、いよいよ就職活動というタイミングである事に気がつく。
「サロン自体にあんまり行ったことがなかったんです。東京出てきて2年間、学校の先生に切ってもらったり、ヘアショーに出た時にメンテナンスしてもらっていたので、どんなサロンがあるのか全然知らなくて。焦って片っ端からサロンの説明会に行きました。」
そこで出会ったのがH.companyだった。

 
「他に見たサロンは、有名であればあるほどオーナーがドンと構えていて、周りは気軽には近づけないみたいな雰囲気が多かったんですけど、H[eitf]は社長がすごい柔らかくてアットホームな会社なんだなと思ったんですよね。」
社長の小玉と当時の4店舗の店長が登壇した説明会。
社長と店長の距離の近さに好感を持ち、これなら店長とスタッフの関係性も良いのではと応募を決めた。

 
大学時代から毎日撮り続けたコーディネートやヘアアレンジの写真200枚を1つのファイルにまとめ、自己アピールとして持ち込んだ面接。
見事、採用となった。

 

 
H[eitf]に初めて訪れたのは、入社後はじめてのシャンプー練習の時。
「お店入った瞬間、みんな「誰のお客さん?」って感じでした。笑  その時の店長が雑誌CHOKICHOKIのKINGだった後藤さんで、専門学校でもH[eitf]に通うファンの子が周りに多かったんですけど、私メンバーカードすらも持ってない状態で。」
何の先入観も持たずに始まったH[eitf]での美容師生活。
人間関係を重要視していた彼女にとって、間違いのない選択だった。

 

アシスタントだからこそ名前を覚えてもらいたい。
 
夢が叶い、美容院で働けることがとにかく嬉しかったと話す彼女は、その後4年間のアシスタント時代を過ごす。
「急いでスタイリストに!って気持ちはあまりなかったかもしれないですね。かなりのびのび育ててもらいました。」

 

 
アシスタント時代は“知ってもらう期間”と捉え、持ち前の明るい性格も手伝って多くのお客さまに名前を覚えていただいた。
先輩が休みの時に、「じゃぁ林さんで」と指名をいただく機会もあり、強みになっている部分でもあるという。

 
「ここで長く働けているのは、単純に周りにいた人がいい人ばっかりだったっていうのが一番大きいですね。ちゃんと怒ってくれるけど、営業後には引きずらないでご飯に誘ってくれるとか、そういうメリハリが大切なんだなって教えてもらったので、後輩には同じようにしたいなと思っています。」
これからまた新しい後輩が入ってきても、自分がやってきてもらったことを繋げられるようにしたい。
中堅の立場となったいま、そう感じる。

 
美容師として稼いだお金で、恩返しがしたい。
 
「あのとき選択肢をくれなかったら、いま美容師は出来ていないから。」
これからの目標を聞いたとき、真っ先に出てきた言葉が“親孝行”だった。
これまでに出会った周りの人やお客様への感謝はもちろんのこと、そもそも両親が認めてくれなければ、充実している今の日々はない。

 
「介護の仕事でもいいじゃない。」
「実家に帰ってきたら?」
就職をしてもアシスタント時代は収入が少なく、心配の声は絶えなかった。スタイリストデビューして2年、やっと安心させられる。

 

 
「休みに実家へ帰ると、5~6人カットして帰ってきますよ。“家に1人は美容師だね〜”なんて、あれだけ反対されていたけど、喜んでもらえてるのかなって。」

 
仕事の愚痴を一切こぼさない父と、働きながら3人の兄妹を育ててくれた母。
社会人になってはじめてわかる親の偉大さを感じながら、「これからですね。」と話してくれた。

 

 
彼女にとっての美容師とは、“ポジティブにしてくれる存在”。

 
「これは願いでもあるけど、自分が作ったスタイルでお客さまが自信を持てたり、外出ようかなって何かプラスな気持ちになるといいなと思っていて。髪型で気持ちは変わると思うから、そういう変化を提供できたらいいなと思いますね。」

 
他の仕事では考えられないほど、日々さまざまな人と出会う仕事。
お客さまから教えてもらう事も多いからこそ、自分も返したい。

 
夢見ていた美容師として過ごす日々は、想像していたよりも充実していた。
これからもっと広がり続いていく様々な出会いを、楽しみにしている。

Profile|
林 真秀 H[eitf] / Stylist

1988年生まれ / 美容師歴6年 / 新潟県出身 / 日本美容専門学校卒

instagram : @maho_0207

Why "H"
「サロンに行くこと」に価値を生む、レセプションの存在意義

法政大学を卒業後新卒でH.companyに入社。

H[eitf]のレセプションを経てH.companyプレス業務にも従事する。

結婚をに名古屋に拠点を移し一児の母となっ現在MANON by HH[eitf]に所属

持ち前の明るさでお客様とスタイリストの架け橋となるムードメーカー。

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